食で心と体をつなぐ – ホリスティック・ヘルスコーチング の ソフィアウッズ・インスティテュート

あなたのバイオ個性に着目するNYC発ポストモダンな食事法

ルイ・アームストロングとジョン・デンバー

バイオ個性で食べて、心と体をつないで健康と幸せを手に入れるホリスティックな食事法をコーチングする、ソフィアウッズ・インスティテュート代表 公認統合食養ヘルスコーチ(CINHC)、公認国際ヘルスコーチ(CIHC)の森ちせです。

父が2月24日に亡くなりました。享年86歳。

父は60代になった時、心筋梗塞を起こし入院しました。その知らせを母からもらい、1月15日に新幹線で東京から実家へ向かっていたところ、米原の大雪のため小田原で止まってしまい、車内でやきもきしながら過ごしたことを今でも覚えています。

その後も心筋梗塞と脳梗塞とがんを次々に発症して、それでも前向きな気持ちを持ち続けていた父。尊敬しています。

昨年の大晦日に変な咳をし始めたので、救急を呼ぼうか?と尋ねた時も大丈夫との返事でした。なので薬局へ行き、心臓病の薬を飲んでいる人にも副作用のない咳止めを薬剤師さんと相談しながら購入し、それを更に半分の量に分けて、父に飲ませることにしました。少しだけ咳が治まり、父も楽になるようでした。

私が買ってきたアーモンドやピスタチオ等のナッツ類を一緒に半分こにしながら食べたり、母が茹ですぎて栗きんとんにできなくて横に避けられていた栗を、そのままではもったいないので、ハチミツを混ぜて潰して茶巾にしておやつに出したら「美味しい!」と目を輝かせて食べてくれました。

新年の準備として、神棚のお鏡を磨くのですが、その磨き方を子供の頃から父がやっているのを見て育ちましたから、東京でも同じ方法でやっていると伝えると、まんざらでもなく嬉しそうで、実家の神棚のお鏡も、これからは私に磨いて欲しいと言ったり、家の中で失くした大切なものの捜索をお願いされ、懐中電灯をもって階段下にもぐらされたりと、今から思えば、自分がいなくなる前に、気がかりなことを私に依頼したのかもしれないと思うのです。

父と過ごした最後の年末年始は、そんな病気をもちながらも父は比較的元気で、一緒に笑い、一緒に食べ、孫たちと一緒にお節を囲み過ごしました。

1月4日になって、介護タクシーを呼び、念のための検査に病院へ連れて行きました。先生から抗生物質が処方されましたが、父の咳は治りませんでした。でも、それほどの緊急性は感じられませんでした。そのうちに治るだろうくらいに思っていました。

2月に入ってからも咳は続いていたようですが、月初に父に会った人達によれば、元気そうだったとのことです。

それが、中旬に入ると緊急入院となり、母から連絡をもらって病院に行った時には、頬がげっそりとコケ、酸素吸入マスクをつけていました。

ほんの1か月前には元気そうだったのに、いったい何がどうしたらこんな風になってしまうのか。父を目の前に茫然としました。

その時の検査の結果では、肺はもう真っ白で水もたまり、もう長くはないとのことでした。

少しでも父の気持ちが和らげばと思い、自宅で使っていたアロマのディフューザーを病室に持ち込み、ラベンダーに少量のユーカリをブレンドしたものを断続的に噴霧することにしました。

呼吸器をつけていた父に香りが伝わったかどうかは、父に訊きませんでしたのでわかりません。でも病室に入って来る看護師さん達が、「まぁ!いい香り!」「この部屋は癒される~」等と言うと、子犬のような真丸い黒い目で私を見つめ嬉しそうにしてくれました。

昔からダンディなことが好きで、お洒落な父でしたから、こんな時でも若い女性から「素敵!」と、言われるようにしてあげたことが嬉しいようでした。

父のダンディ男としての尊厳を守る小さなお手伝い。小さな小さな親孝行(笑)あの時の私に向けた父のまなざしで、私は救われています。

本人の希望もあり、延命措置はしない。後はいつ鎮痛剤の投与を増やし永眠に苦痛なく導くかだけでした。

本人の苦痛をできるだけ早く取り除いてやりたいという弟と、ただ死を待つだけになってしまう鎮痛剤の投与のタイミングについて喧嘩になりました。

鎮痛剤を増量したからと言って、直ぐに息を引き取るわけではないと言われましたが、それが「いつ」かは、誰にも分らないことです。

結局、弟と母の判断で鎮痛剤の投与が行われ、間もなく最期は、母と弟と孫たちに看取られて亡くなりました。弟の誕生日の前日でした。

生前、弟があまり信心深い様子を父に見せないので、それを心配していた父ですが、弟にとって決して忘れられない日となりました。父の勝ちですね(笑)

そして、通夜と葬儀の日の夜、不思議なことがありました。

二晩共に、ベッドに入ると強いお線香の香が私の部屋中に焚ちこめたのです。髪は洗ったので髪についた香ではありません。

そのまま寝落ちましたが、夜中にもその香りで目が覚めました。すると、柔らかな楕円形の光が空中にただよっている様が見えました。不思議と怖いという感情は生じなかったため、きっと父なのだろうと思っています。

私は子供の頃から、時々、いろいろなものを見るので、あまり驚きませんでした。とはいえ、本当に稀に偶然に見えるだけです。自分の意思で見たりすることはできません。

例えば、神社などで、突然、黒い小さな犬のようなものが足元をものすごいスピードで横切り、「うわぁ!」と言いながら、飛び退いたことが何度かあります。一緒にいる母は何も見ていません。父は狛犬さんが悪戯をしたのではないかと言っていました(笑)

本葬が終わった翌日の朝、

サンルームのカーテンを開けて、母が手芸部屋にしている小さな部屋に入ると、母の実家(故祖父母の家)の匂いがしてきました。子供の時の記憶の中の祖父母の家の香がしているのです。 今までこの部屋でその香りがしたのは一度だけ。祖母が亡くなった時です。そして、今回2度目。

母を心配して、亡き祖母がお悔やみに来てくれているのかもしれないと思い、それを母に伝えました。

母は「あなたという子は、本当に・・・」と、言葉を詰まらせていました。

その日の夜、夢を見ました。

妹が誰かの非常に高価な品を怒りに任せて壊してしまい、その弁償をすることになったのですが、父が母に、母がそれを壊したことにして罪をかぶって欲しいと言い、母が声を上げて泣き、家から飛び出そうとしたところを、父が腕をつかんで止め「堪えてくれ」と言う夢です。

現実的にそんな事件が起きたことは一度もありませんし、母が声を上げて泣いたのを見たこともありません。夢は、大概、意味不明なものなので、きっと意味はないのだと思います。が、あまりにはっきりと覚えていて、母に「お母さんが声を上げて泣くのを初めて夢で見た」と、伝えました。

東京に戻ってきてからも不思議な夢を見ました。

それはあまり詳細を覚えていないのですが、父が丸々太った小さな男の子になってしまった夢です。こんなに小さくなっちゃってと父を抱きしめた夢でした。

夢の中で声を出して、私は泣きました。何がそんなに悲しかったのかもう覚えていないのですが、小さくなった父を抱きしめて声を上げて泣いていました。自分の泣き声で目が覚めました。

それからしばらくは、夢を見ていません。

父は大学生時代からルイ・アームストロングやエルビス・プレスリーが大好きでレコード盤を何枚か持っていました。

出棺の時に流すBGMを、生前に弟と、ルイ・アームストロングの「What a Wonderful World」に決めていたようです。

今までは、ただ、いい歌だなぁ~と思っていただけの曲ですが、あらためて、父との色々を想いつつ、その歌詞を考えると、胸が張り裂けそうになります。父は寛容と忍耐の人でした。その優しさが痛いほどに伝わってきます。

You Tubeで流していたら、You Tubeが勝手に次の曲にジョン・デンバーの「Take me home, Country Road」を流し始めました。

私は高校1年生の時にジョン・デンバーが大好きで、それで米国のコロラド州に住みたいと思うようになり、意図した訳ではないものの、気がついたら結果としてコロラド大学に進学することとなっていて、気がついたら夢が叶っていた出来事のひとつです。

この歌も大好きでしたが、歌詞の意味を深く考えたことは一度もありませんでした。ただ、故郷を離れていた青年が久しぶりに帰省する途中で、家族や故郷を思って歌った歌ぐらいにしか思っていませんでした。

今回、改めて、歌詞に耳を傾けていると

母親の死に間に合わなかった青年が、「昨日、家に帰えれば良かった(あと1日早ければ)」と、実家に向かう車の中で後悔を歌った歌であることに気がつきました。

優しいメロディとジョン・デンバーの美しい歌声で、歌の本当の意味を知らずにいました。

You Tube がこの並びで曲を流したのは、AIの勝手な仕業で偶然だと思いますが、大泣きしました。

このブログを書きながらも涙が溢れます。

とはいえ、基本もう大丈夫です。
冗談も言うし、大笑いもします。メソメソなんてしていません。

ただ、ふとした時に色々なことが思い出されて、電車の中にいても涙が出てきてしまうことがあるだけです。

私は、父が好きでした。父が私を誇りに、そして自慢に思ってくれていたことも知っています。

時々、それが疎ましくもありましたが、父の前では小学生の娘に戻れました。

父との思い出は、また機会があったら、書きたいと思います。
今回は、葬儀の前後のことをここに文章にして書くことで、悲しみの浄化作戦。

お付き合いくださってありがとうございました。

公認ホリスティック・ヘルスコーチは、食事だけでなく、あなたを取り巻く様々なこと(環境、仕事、家族、人間関係など)を考慮して、プログラムに反映させ、あなたが、なりたいあなたになれるようコーチングを提供します。

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ソフィアウッズ・インスティテュート – ホリスティックヘルスコーチング

Author: Chise

森智世(もりちせ) | 公認 統合食養ヘルスコーチ(Certified Integrative Nutrition Health Coach) / ソフィアウッズ・インスティテュート代表 / 米国代替医療協会(AADP) 公認ホリスティック・ヘルスコーチ / 女子栄養大学 食生活指導士 / 国際ヘルスコーチ協会 公認国際ヘルスコーチ/ 経営学修士(MBA)| ひとりひとりのバイオ個性に着目したポストモダンでホリスティックな食事法を推奨し、マインド・ボディ・コネクション(心と体のつながり)を食を通して実現します。また、私達を取り巻くすべての環境 - 人間関係、仕事などの社会環境、自然環境、体内環境(マイクロバイオーム) - を考慮するボディ・エコロジストです。長期に渡り過ごした米国やヨーロッパの情報も、判りやすく解説を入れて配信していきます。厚生労働省「健康寿命をのばそう」プロジェクトメンバー / 目黒区男女平等共同参画審議会委員 / 日経ウーマンオンライン連載コラム『ホリスティック美女講座』執筆。食事法や健康などご相談のある方やヘルスコーチングを受けてみたい方は初回コンサルテーション(無料)にお申し込みくださいね!

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