炎症性腸疾患(IBD)や大腸がんを予防改善する糖鎖|その働きと役割

2022/04/12/

バイオ個性で食べて、心と体をつなぎ、健康と幸せを手に入れるホリスティックな食事法をコーチングする、ソフィアウッズ・インスティテュート代表 公認統合食養ヘルスコーチ(CINHC)、公認国際ヘルスコーチ(CIHC)の森ちせです。

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2022年1月号の『ネイチャー』誌に掲載された腸粘膜に関する論文は、わたしたちの健康にとっていかに腸粘膜が重要な役割を果たしているのかを、粘膜の成分である糖鎖と腸内細菌との関係から説明をしていて非常に興味深いものでした。

その中から健康の仕組みを理解する上で役立つと思われた部分について、和訳・要約してお伝えすることにしました。

そして、この情報を具体的に日常の生活の中に活かす方法を、第2部でお伝えします。

なお、裏付けとなる研究論文は、参考文献として最後に一覧にしています。ただし、ネイチャーの論文内で引用されている研究については、ネイチャーの元の論文の索引をご参照ください。

腸内細菌とヒトは共進化した

ヒトと腸内細菌の共生の根底にあるメカニズムについては、まだ不明なことが多いです。

しかし、この共生関係にとって、腸粘液の主成分であるムチン母乳の中にあるオリゴ糖などの「糖鎖」が重要であることは、既に、確認されている事実です。

例えば、

  • ヒトの腸内環境に適応でき、ムチン糖鎖を消化できる特殊な腸内細菌がいること
  • 腸内の共生菌からの要望に応えて、ヒトがムチン糖鎖を造れること

このような、「お互いからの刺激に対して、お互いに反応し合う」という現象は、共生関係が共進化してきたことを意味しています。

糖鎖とは

あなたの体は、糖をエネルギー源として使用しています。

でも、それだけはありません。

「糖転移酵素」を用いて、糖(単糖)を鎖状に連ねて「糖鎖」を作り、体内で重要な役割を担わせています。

糖鎖は、次の栄養素や組織に結合して存在しています。

  • タンパク質
  • 脂質
  • 細胞
  • 赤血球
  • など

そして、次のような役割を担っています。

  • 分解酵素から細胞を守る
  • 細胞の活性化
  • 細胞間の情報伝達
  • 細胞同士の接着
  • 血液型の決定(血液型は血球上のオリゴ糖鎖の構造によって決まります)
  • など

粘膜成分ムチンとは

消化器官や呼吸器官などの表面を覆っている粘膜は、食べ物を消化器官内でスムーズに通過させたり、呼吸器官から異物を排出したり、精子が子宮頸部を通過するのを助けたりする役割を担っています。

ムチンは、その粘膜/粘液の主成分で、単糖(N-アセチルガラクトサミン:GalNAc)に、次の成分が結合して鎖状になった糖鎖です。

  • シアル酸
  • ガラクトース
  • など

そして、ムチンは、タンパク質と結合する糖鎖のひとつです。

タンパク質と結合する糖鎖には、O-結合型とN-結合型があります。特に、O-結合型糖鎖は、疾患との関係があるなど特定の機能性を持っています

例えば、次の糖鎖は O-結合型糖鎖です。それぞれに、α型とβ型があります。

  • フコース
  • マンノース
  • キシロース

O-型糖鎖の中でも、N-アセチルガラクトサミン(GalNAc)シアル酸を含む比較的短い糖鎖は、がんとの関係していることが確認されています。

なお、アルツハイマー病と関係している糖鎖については『アルツハイマー病とツバメの巣』をご参照ください。

ムチンはO-型糖鎖

ムチンは、O-結合型糖鎖です。体粘液に機能的な特性を与える役割を果たしています。

ムチンは一定のアミノ酸の配列が繰り返される構造をもっていて、その配列によって分泌型と膜結合型があり、体内の部位によって次のように異なるムチンが存在しています。

  • 分泌型ムチン|MUC2、MUC5AC、MUC5B、MUC6、MUC7
  • 膜結合型ムチン|MUC1、MUC3、MUC4、MUC12、MUC13、MUC16、MUC17

膜結合型のムチンの中で、がんとの関係が報告されているものは次の2つです。

  • MUC1・・・乳がん、卵巣がん、膵臓がんなどで、過剰に発現
  • MUC4・・・発現が多過ぎても少な過ぎても、乳がん、卵巣がん、肺がんなどに影響

どのムチンがどれくらい存在しているかは、遺伝子によっても一部影響を受けます。そのため、ムチンの構成はひとりひとり異なります。

このムチンの構成は、乳児期だけでなく成人期においても、あなたの健康と共生細菌の顔ぶれに影響を与え続けます。

ムチンと腸内細菌との関係

ムチンは、腸粘膜の主成分です。

腸粘膜は、腸の上皮細胞の保護バリアとしての役割をもつだけでなく、宿主であるあなたと腸内細菌とのコミュニケーションにとって重要な役割を果たしています。

体内の粘膜層の中でも大腸の粘膜層は最も厚く、内層と外層に分れています。

腸粘膜の外層は酸素濃度が低く、ムチン糖鎖やムチンタンパク質が豊富に存在しています。

そして、腸内細菌は、その外層に存在しています。内層にはいないのです。

腸内細菌は、外層の特殊な環境に高度に適応し、特異的な条件に応じてネットワークを構築し、粘膜内コロニーを作り、安定した細菌コミュニティを形成しています。

あなたが食べるものが重要

宿主であるあなたの食事内容が、腸粘膜内のムチン糖鎖の量に影響を与えます。

腸粘膜内のムチン糖鎖の量は、腸内細菌の顔ぶれと機能性に大きな影響を与えます。そして、腸内細菌は、次の事柄に影響します。

  1. 腸粘膜の成分と厚さ
  2. 宿主の免疫力と代謝機能

など

実際、腸粘液が腸のバリア機能を強くし、炎症反応を減少させ、ヒトの健康にとって重要な役割を担っていることを示す研究が増え続けています。

自他共栄のムチン糖鎖分解

腸内細菌は、ムチン糖鎖の多い腸粘膜の外層に住んでいますが、実は、腸内細菌は短い糖鎖しか栄養にできません。

腸粘膜にあるムチン糖鎖は、腸内細菌にとっては長すぎるのです。

そのため、ムチン糖鎖を分解しなくてはならないのですが、ムチン糖鎖の分解は、一種類の腸内細菌が造るひとつの酵素だけで行われているわけではありません。さまざまな腸内細菌が造る、さまざまな酵素の組み合わせが連続的に作用して、分解されていきます。

興味深いのは、ひとつの糖鎖分解酵素を造る腸内細菌が、必ずしも、自分で分解した糖を自分の栄養にしているわけではないということです。

例えば、ムチンからシアル酸を分離できる酵素シアリダーゼを造る腸内細菌が、シアル酸を栄養にしているわけではないのです。

腸内細菌たちは、分解物をお互いに与え合い、協働してムチン糖鎖を分解しているのです。この腸内細菌同士の互恵関係が環境適応力や集合体としての機能性を高め、安定した腸内細菌ネットワークの構築を可能にしていると考えられています。

研究者は、次のように表現しています。

「腸内細菌による、たすきリレーのようなムチン糖鎖の分解」

母乳のオリゴ糖も糖鎖

母乳に最も豊富に含まれている成分のひとつがオリゴ糖です。

オリゴ糖は、異なる特異性を持つ糖転移酵素の組み合わせによって、約2〜20の単糖が直列と多少の分岐構造でつながっている非常に多様な糖鎖です。

母乳に含まれているオリゴ糖=母乳オリゴ糖は、ムチン糖鎖と似たような単糖の基礎構造と結合構造をもっています。そのため、母乳オリゴ糖とムチン糖鎖の分子特性は似ています。

そして、どちらも非常に多様な構造をもっていて、ひとり当たり200を超える異なる構造の糖鎖をもっていることが判っています。

母乳オリゴ糖の役割

母乳オリゴ糖は、乳児にとっての直接的な栄養価はありません

母乳オリゴ糖は、乳児の腸内で共生を許可する善玉細菌を選択し、病原菌が定着することを阻害し、抗炎症効果をもっています。

つまり、母乳に含まれているオリゴ糖(糖鎖)は、次の役割において新生児を保護しているのです。

  • 直接的には、病原菌が腸内に定着することを阻止
  • 間接的には、病原菌と戦う善玉菌の栄養源となる

母乳は、赤ちゃんと善玉菌の共生関係を確立させる役割をもっていると言えます。

シアル化母乳オリゴ糖

ひとつの腸内細菌がムチンからシアル酸を分離し、他の腸内細菌がそのシアル酸を利用して母乳オリゴ糖をシアル化すると、乳児に病原菌による感染症が起こらなくなることが観察されています。

母乳オリゴ糖そのものに免疫効果があるのではなく、シアル化された母乳オリゴ糖に免疫効果があるのです。腸内細菌によるシアル化によって母乳に免疫効果が付与されるのです。

フコース化オリゴ糖

遺伝子変異によって、フコース(糖鎖のひとつ)を体内で合成できない人がいます。オリゴ糖にフコースを結合させることができないため、腸粘膜内にフコース化オリゴ糖が存在しません。フコースを体内合成できない人の腸内細菌の構成は、フコースを体内合成できる人とは異なることが明らかにされています。

腸粘膜内にフコース化オリゴ糖が無いと、クローン病やシリアック病などの腸疾患のリスクが高くなりることも明らかにされています。(シリアック病については『シリアック病/セリアック病』をご確認ください。)

また、フコース化オリゴ糖を造れない母親の母乳(フコース化オリゴ糖が含まれていない母乳)で育った乳児は、腸内のビフィズス菌の量が少なく、下痢やアレルギー性疾患を起こすリスクが高くなります。

フコース化オリゴ糖が炎症性腸疾患などの腸疾患予防に大きな役割を果たしていることが判ります。

なお、フコースは海藻などのヌメリ成分のフコダインに含まれる糖鎖ですが、フコダインは、コロナウイルス感染症を含め、インフルエンザなどの風邪ウイルスによる感染予防と重症化予防に役に立つことが明らかにされていて、コロナウイルス感染症の治療薬としての創薬研究が2024年現在行われています。

腸内細菌が新生児の腸内に定着する過程

新生児の腸内には、まだ、十分な腸内細菌が存在していません。

経腟分娩で誕生した新生児の腸内は主に母親から受け取った乳酸菌で満たされています。帝王切開で誕生した新生児の腸内には、誕生の場に居合わせた人々の皮膚の共生細菌など多様な細菌が存在しています。詳しくは『赤ちゃんと腸内細菌』をご参照ください。

そうした状態から、どのような過程を経て多様な善玉菌が繁殖していくのかを研究者は次のように説明しています。

早期に定着するムチン分解菌

乳児の粘膜層に早期に定着する菌には、次のようなものがあります。

  • 乳酸菌属
  • ビフィズス菌属
  • バクテロイデス菌属
  • A.ムシニフィラ菌属等

これらの腸内細菌たちは、生き残りのために、乳児の腸内に豊富にあるムチンと類似した構造をもつ母乳オリゴ糖を活用します。母乳オリゴ糖とO-結合型ムチン糖鎖は化学的に類似しているため、上記した腸内細菌たちは両方を分解できる酵素をもっています。

例えば、A.ムシニフィラ菌属は、糖鎖分解酵素に類似する酵素を用いて、母乳オリゴ糖とムチン糖鎖の両方を分解します。

上記したような、母乳オリゴ糖も餌にできるムチン分解菌は、他の善玉菌が乳児の粘膜層にコロニーを形成できるよう環境を整える役割も担っているのではないかと考えられています。

腸粘膜の健康維持が重要

腸内細菌が糖鎖を分解して造る代謝物は、腸粘膜の健康の維持にとって不可欠です。

そして、腸粘膜が健康に保たれることで、腸内細菌が腸粘膜にコロニーを適切に形成することができ、あなたの体内の粘膜、免疫、および代謝が一生涯に渡って健康に保たれることとなります。

つまり、糖鎖分解菌の豊富さが、乳児期だけでなく、その後の人生においても健康な腸の良い指標となると言えます。

現在、世界中で劇的に増加し続けている免疫関連疾患の発症において、次の要因が新生児と腸内細菌との共生関係に影響を与えるとする仮説があります。

  • 分娩方法
  • 授乳方法
  • 抗生物質の使用
  • 総合的な栄養状態

生後1000日間の腸内細菌叢の発達は、乳児期の栄養に大きく影響されるダイナミックなプロセスです。

乳児の腸にコロニーを形成したパイオニア的細菌は、安定した生態系構築に向けて徐々に多様化し、他の善玉菌が宿主との安定したコミュニケーションと最適な共生関係を確立する上で重要な役割を果たします。

乳児期における腸内細菌の発達と免疫との関係については『翻訳シリーズ|子供の食物アレルギーの原因と治療法の最新研究』も併せてご覧ください。

腸粘膜の健康と疾患

腸内の共生細菌との因果関係が判明している疾患は次の通りです。

  • 壊死性腸炎(NEC)
  • 炎症性腸疾患(IBD)
  • 大腸がん

これらの疾患と腸粘膜の健康との間にも関連性があることが判っています。

腸粘膜を健康的に維持することは、腸内細菌を健康に保護するだけでなく、様々な粘膜に関連した疾患の予防と改善にまで寄与すると考えられています。

また、粘液は、糞便もコーティングしています。

糞便を粘液で包み込むことで、腸の健康を維持し炎症や過形成(過剰な細胞分裂によって起こる組織の肥大)を防ぐ追加バリアとなっています。

では、腸粘膜の主成分にも腸内細菌の餌にもなる特殊な糖鎖を増やすには、どうしたらよいのでしょうか。

それは、第二部を下のリンクからご確認ください。

炎症性腸疾患(IBD)や大腸がんを予防改善する糖鎖|食事から摂る方法>>

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参考文献:

ソフィアウッズ・インスティテュート – ホリスティックヘルスコーチング